僕に撮られたい人だけを、撮りたい。
山本写真機店にフィルムを出してくれている、仕事の現場でフィルムを使い続けるフォトグラファーを紹介する連載企画「ヤマプリフォトグラファーズMAP」。第2回は、東京を拠点に「家と人」の撮影を手がけるフォトグラファー、石川司さん。
実際の仕事写真を眺めながら、写真を仕事にするまでの道程と、石川さんの写真の秘密について話を伺いました。
PROLOGUE:撮られている意識を、感じない
山本写真機店に石川司さんが送ってくる「家と人」の写真には、いつも不思議な表情が写っている。笑顔ではない、かといって緊張もしていない。初めて会う人のはずなのに、プロのモデルさんじゃないのに、石川さんに撮られる人たちは皆、穏やかでまっすぐな顔をしている。
こういう表情で人を撮れるフォトグラファーを、僕はあまり知らない――ヤマカメで毎日何千枚もの写真を見ている僕が、毎回そう思って手が止まる写真。この表情はどうやって撮られているのか、それを聞いてみたくて、インタビューを申し込んだ。
石川さんの答えは、意外なほど明快だった。「撮られている意識を感じない写真が好きだ、ということは、わりと早い段階で言語化できていたんです」。そしてその一枚を撮るために、彼は人生のかなりの時間を「準備」に費やしてきた人でもあった。
カメラを買う前の、二年間
そもそも、写真の仕事に就いた経緯から聞かせてください。
けっこう遠回りなんですよ(笑)。もともと大学でバンドを組んでいて、就職はせずに「音楽で食っていく」と決めて生きていたんです。生活費はコールセンターのアルバイトで。電話なんて、一本目に取った瞬間に「あ、これ苦手だ」って気づいたんですけど、「できるようになるまでは」って思っちゃう性分で、結局七、八年続けました。
七、八年!もともとは音楽の道を目指していたんですね。
そうなんです。バンドで鍵盤を弾いていて、そっちで食べていくつもりでした。二十五歳くらいのときに、知人を通じて映画音楽の制作を任されたんです。初めての締め切り仕事で。昼はコールセンターで働いて、帰って音楽を作って、監督に提出しては、また作り直して。そのストレスで顔面神経麻痺になって、顔の半分が動かなくなりました。それでもなんとか作り上げて、小さな映画館で、自分の音楽がエンドロールに流れる日が来たんです。
念願の日。
そのとき僕、一番後ろの席に座っていたんです。観客がどんな反応をしてくれるのか、それが見たくて。でも、当たり前なんですけど、音楽が良かったからって立ち上がる人なんていないんですよね(笑)。自分が費やした苦労と、欲しかったリアクションが違ったんです。それで「ああ、自分には音楽で食べていくだけの情熱はないんだな」と気づいてしまって。
そこから、写真にはどうやって?
しばらくは抜け殻でしたね。アイデンティティの全てだった音楽を失って、まわりは結婚したり昇進したりしていく中で、劣等感を募らせていました。社会不安障害という状態が二、三年続いて。「自分にしかできない仕事がしたい」とは思い続けていたんですけど、それが見つからない。ただ「海外に長く住みたい」という気持ちだけはあったんです。
それで貯金を始めたころ、たまたまテレビ番組で、一眼レフを持った外国の方が映っていて。カメラを持っている理由について「出会った人の写真を撮りたいから」って答えてたんですよ。それがひっかかって。風景にはあまり興味がないけど、人の写真なら撮りたいかもしれない、って思ったんです。
それでカメラを買った。
それが、買ってないんです(笑)。不安が強いタイプなので、高いカメラを買って無駄にするのが怖くて。だから先に「見る」ことから始めました。Flickrという写真サイトを毎日二時間。これはいい写真だな、これは面白くない、ってひたすら仕分けしていって。気づいたら、それを二年間続けていました。カメラは一台も持たないまま。
二年間(笑)!
そうなんです。でもそのおかげで、目はすごく肥えました。自分が好きな写真の多くがNikonの三十五ミリ単焦点で撮られていることを突き止めて、それを買って三十一歳でオーストラリアに渡りました。
着いてすぐ、ホームステイ先の女性に誘われて、近所の教会に行ったんです。英語が得意じゃないから、話しかけられたくない一心で、写真を撮るふりをしていて(笑)。その日は教会でお祭りが行われていたようで、フェイスペイントをした小さな女の子が、窓辺に走ってきたんですよ。これはいい写真になりそうだとシャッターを切って。その一枚をお母さんに見せたら、ものすごく喜んでくれたんです。
別に、いいことをしようと思って撮ったわけじゃないのに、勝手にすごく喜んでくれた。「あのとき映画館で欲しかったリアクションはこれだ!」って思ったんです。写真って、ありなのかもしれない――そう思った瞬間でした。
僕に撮られたい人だけを、撮りたい
バケペンではじめて撮った、そして「家と人」という名前もなかった、一番最初に家で撮ったポートレート。撮っている時の高揚感、仕上がったこの写真に大興奮したことを覚えている。

フリーになるまでについて教えてください。
子供の写真を撮ってフォトグラファーになることを決意したものの、僕は音楽やファッションが好きだったので、当時は子供を仕事で撮っていくというのがイメージが湧かなくて。大人を撮って喜んでもらえる写真って考えた時に、ウェディングかなって思って。3年間の下積みのあと、ずっと憧れていたチームに入れたんです。
そこは帰国するときに、日本にはどういうウェディングフォトがあるんだろうと調べたら、昔からある型物ばかりで落胆していた中、図抜けて良かったチームで。一度は断られたんですけど、毎年ワークショップに通って、顔を覚えてもらって、技術も上げて。二、三年してやっと「写真が変わってきたね」とそこの代表に声をかけてもらえました。あの時は嬉しくて、部屋中をうろうろしちゃいましたね(笑)。
でも、いざ入ってみたら、また壁にぶつかりました。憧れだった先輩たちは強者揃いで、自分の自信作を見せても反応が薄いように感じたんです。
「この人たちに追いつくには、同じウェディングを見ていてもダメなんじゃないか」って。それでウェディング以外の写真家を見るようになり、フィルムを始めたのもちょうどその頃でした。
ウェディング以外を見るようになって、何か変わりましたか?
“意味”みたいなものをより考えるようになりましたね。
意識的に写真集を見始めたとき、最初に買ったのは確か Alec Soth の「 I Know How Furiously Your Heart Is Beating」だったのですが、なんだかよくわからないけど良くて、それでいて、写っている人たちや、その写真集というまとまりに意味があるような気がしたんです。
それまで僕は、綺麗なモデルさんに立ってもらって、その人の美しさをひたすら写す撮影を休みの日などにやっていたのですが、“その人が綺麗だ”と訴えている写真を何百枚も見返した時、「で、何なんだ?」と思ってしまって。「これを撮ってどうしたいんだ?」と。それでモデルさんとの作品撮りは、一時期やらなくなった時もありました。今はまた考え方が変わって再開しています。
そこから、どうして「自分に撮ってほしいという人だけ撮りたい」という方向へ?
写真家の写真を見るようになって、そのウェディングフォトのチームの中でより個性が出てきたように思います。そこでチーフフォトグラファーになり、社内外のウェディングフォトグラファーに写真を教えたりさせてもらうようになって、「僕に撮られたい、という人だけを撮りたい」という気持ちが芽生えてきたんです。その気持ちが強くなり、40歳という節目でフリーになりました。
上の写真で家でのポートレートに手応えを感じ、その翌月に撮ったこの写真。山本さんから @yamacame_lab 掲載の連絡をいただいた記念すべき一枚であり、この頃には完全に家で撮ることが楽しくてしょうがない状態だった。

「家と人」は、どんなコンセプトなんですか?
すごくシンプルなのですが、家で撮るポートレートですね。元々は僕が初めて一人暮らしをした家を引っ越すとき、がらんとした部屋を見て「この家でもっと写真を撮っておけばよかった…」と思ったことがきっかけなんです。とはいえ、一番の興味は人にあるので、ご依頼をいただいた際には、「インテリア雑誌みたいに空間を広く撮るためのものじゃないですよ」とは伝えるようにしています。家で撮るから写る人が見せてくれる表情があると思っています。
あと、もう一つ大事にしているのが、「いきなり家に行かない」ということです。
いきなり行かない、というと?
いきなり家に伺うと、ガスの点検のおじさんが来たみたいになっちゃうんですよ(笑)。だから初めてお会いする方には、最寄り駅まで迎えに来てもらって、一緒に歩いて、もしくは車で、家まで向かうんです。場合によっては一回お茶をしてから。撮影の「最初」をどこに置くかっていうのは結構意識していて。歩いている時間も撮影の一部だと思っています。
ポージングがいつも素敵ですがこれはどうやって?
僕は写る人が自然であることや、写る人の主体性、自らやってくれることというのが好きで。この写真なんかはほぼこの女性がやってくれたことなんですよ。
具体的には、この写真は背景がブラインドじゃないところに、二人が一つになるようにコンパクトに収まって欲しいというイメージが湧きました。なので「キュッと近づいてみて」と言ったら、彼女が自分から足を絡めてくれて「それだ!」となりました。
自分で細かく形をデザインして撮ることも好きなのですが、自らやってくれたことっていうのは僕の想像の外に出ますし、その人たちにとって自然な形にもなるので、この一枚はそれが出ている素晴らしい写真になったなと思います。
基本的にポージングは、光やふたりの関係性を見て、背景や、座る場所、寄りかかる壁などから導き出されるように考える、ということが多いです。まぁ直感ですね(笑)
あの表情は、どうやって生まれるんでしょう。今回、石川さんを紹介したいと思った一番の理由です。一体どんな魔法をかけてるんだろう。
ありがとうございます。うーん、そうですね。さっき、Flickrをずっと見ていたって話をしましたけど、あの膨大な写真を見ていく中で、自分が好きな写真ってどんな写真だろうと考えたとき、「撮られている意識を感じない写真が好きなんだ」ということは、わりと早い段階で言語化できていたんです。じゃあ、それを撮るにはどうしたらいいのか。それをずっと考え続けてきた、という感じで。
まず撮影のとき、僕がいちばん最初にやるのは、「撮影って楽しいものですよ」「リラックスしていいんですよ」という状態にすることなんです。そこをすっ飛ばしていきなりあの顔になる人は、よっぽど撮られ慣れている人だけで。
なるほど。
たとえば、はじめましての場で、話しかけてくれる相手にずっと無表情で見返すって、めちゃくちゃ怖いじゃないですか(笑)。無表情って、家族とか、本当に気を許した人にしか見せないものだと思うんです。じゃあそのために何をするかというと、まず「この人は信頼できるな」と思ってもらうこと。撮影は楽しい、この人に任せておけば大丈夫だ、と感じてもらう。そして、僕が「いいものが撮れている」と確信を持っている様子を相手に見せる。その信頼の上でしか、あの顔は出てこないんです。まとめると秘密の魔法の正体は「信頼」ですね。
機材も関係していますか。バケペン(PENTAX 67II)を使っていますよね。
すごく関係しています。好きな写真家のAlec Sothが、あなたが撮る被写体はなぜ瞑想しているような顔になるのかと聞かれて、確か「大判カメラはセットに時間がかかるから、ラクな姿勢でいてくださいと伝えていたら、自然とこういう顔になっていた」という風に答えていたんですけど。その感覚が、僕はすごく近いというか。
バケペンって、デジタルと比べるとピントを合わせるのも時間がかかる、三脚を使うとなれば尚更。でも僕にとっては、その「時間がかかること」が武器になってるのかもしれません。あとは声をかけるトーンとかもすごく大事で、「はい!じゃ、撮りまーす!!!」と大声ではあの顔は撮れないっていうか(笑)
相手の心の水面に波紋をたてないように。そういう意識も大切にしています。
「手紙」を使う撮影についても聞きたいです。
「家と人」の中で始めたアイディアで、お互いへの手紙を黙読してもらうんです。僕という第三者が入ることで、普段あまりやらないであろう手紙での気持ちの伝え合い、という体験も提案できると。撮影の意図としては、読み終わったあと、感想を言い合わず、声を発さないまま、こちらを向いてもらう。言いたいことがあるけど、自分の中に留めている状態で。そうすることで、その時の気持ちをいつまでも写真から思い出せるんじゃないかということを期待しています。
ある夫婦が伝えてくれたのは、「子育てをする中で、時々『これでいいのかな?』と夫婦の間で思うこともあったけど、相手からの手紙を読んで、『これでよかったんだな』と思えた。こういう機会があってよかった!」と言ってくださいました。その顔が、写真に残りました。
本当にいい顔。なんだかこういうCMのスチールのOKカットみたい。
「家と人」の中ではじめた手紙交換。手紙を読み終えた直後の写真。

フィルムという、ヘルシーな緊張
仕事の現場でフィルムを使い続けている理由を、改めて聞かせてください。
ひとことで言うと「ヘルシー」なんです。デジタルで撮ると、アンダーだったな、目つぶりだったな、ってもう一回撮れますよね。便利なんですけど、それって無意識のレベルで、自分にバツをつけているような感じがして。
フィルムは見返せないから前に進むしかない。それがフィルムの気持ちいいところなんです。もちろんリスクと表裏一体なんですけど、その緊張感が写真のクオリティーにも影響していると感じます。
デジタルは使わないんですか?
結婚式は逆にデジタルだけで撮っています。同じカットをデジタルとフィルムの両方で撮るっていうのが、どうしてもできないんです。一個目のカメラでピークが撮れているのに、二個目でもう一回ピークに持っていくっていうのが、すごく疲れちゃう。人を撮るときは、カメラは少ないほうが僕はいい。「家と人」では、基本はバケペンとニコンF2だけ持っていきますね。
ただ、Leicaのデジタルを手にしてから、慣れるためにそのカメラだけで家でポートレートを撮ったことがあるんですけど、当初はフィルムじゃないから、自分の中で「家と人」じゃないという位置付けだったんです。
でも、「Leicaで撮ると『家と人』じゃない?本当にそうか?」っていう問いが出てきて。バケペン+Leicaデジタルという組み合わせも、場合によってはありだなと思い始めています。
というのも、バケペンとNikon F2だけで以前撮ったときに、「ちゃんと撮れているのかな」と不安なまま終わった撮影があって。
その方たちの撮影では、何度でも撮れるデジタルで動かしながら撮影に慣れてもらって、「ここ!」というタイミングでバケペンを使う、という方法もありだったかなと。
それは思っただけで、実践はまだ一回しかしていないんですけどね(笑)
ただ、何で撮ろうが、僕が撮っていることに変わりはないと思ってます。
EPILOGUE|写真家と名乗れるように
ローライフレックスで、おそらく期限切れフィルムで撮った写真。2025年のはじめに、自分が撮った今までの写真で何が一番好きだろうと考えた時に、すぐに思い浮かんだ一枚。うまく撮れなくて偶然ピントが外れた、この抽象的なポートレート。どんな顔をしていたんだろう。いつの時代のどこで撮られた写真なのか、考える余白があるように感じた。

これから、写真でやっていきたいことを教えてください。
自分のことを「写真家」と名乗れるようになりたいです。今も技術をクライアントに提供しているフォトグラファーというより、自分の感性で写真を撮っているアーティストという自負はあるのですが、テーマをもって何かを表現している写真家とは違う。それに、まだ僕は個展もできてなければ、写真集も出せてない。今年の夏から一年間、展示に向けて、写真研究をされている方が伴走してくれるゼミに入るんです。そこでもう一度写真と、そして自分と深く向き合うことに本気で取り組んでいきたいと思っています。
「家と人」は続けていく?
はい、これは続けていきます。やっていて「こんなに楽しいなら毎日でもできる!」と思うときさえある。撮りためた一枚一枚が、いつかまとめて何かになる予感があって。「家と人」の展示も、「家と人」の撮影を海外でも、いつかやれたらいいなと思っています。
最後に、目標を聞かせてください。
「世界一のポートレートを撮る人になる」っていうのは、近くの人には言うようにしているんです。世界一を目指せば、日本一にはなれるかもしれないから。
撮られている意識を感じさせない、その一枚を積み重ねていく。その先に、石川さんの見ている景色がある。
Profile
石川 司 Tsukasa Ishikawa
埼玉県出身。1983年生まれ。32歳でプロのフォトグラファーとなる。自身が写真を撮られることが苦手だった経験から、写る人が心地よくいられること、その人らしい表情を引き出すことに強い関心を持ち、撮影を続けている。
- Instagram:@tsukasa_ishikawa__
Equipment
- Camera:PENTAX 67II(105mm)/ Nikon F2 Photomic / Rolleiflex 2.8F / Leica M11-P(デジタル)ほか
- Film:Kodak Portra 400/800 ほか
- 現像・スキャン:山本写真機店
聞き手:山本陽介(山本写真機店)