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©︎ 2026 YAMAMOTO CAMERA.
No. 003 熊本

山本勇夢

写真を、好きでい続けたい。

山本写真機店にフィルムを出してくれているフォトグラファーを、一人ずつ紹介する連載企画「ヤマプリフォトグラファーズMAP」。仕事として、あるいは作品として、フィルムで撮り続ける理由や写真に対する考え方に迫ります。第3回は、熊本を拠点に、出張撮影や展示・写真集制作を手がける写真家、山本勇夢さん。

自身最大規模の写真展を間近に控えたタイミングで、撮影の現場と写真に対する考え方について話を聞きました。


PROLOGUE|しっとり深く、お願いします

熊本の山本勇夢さんからフィルムが届く。オーダーシートには、いつも同じ言葉が書いてある。

「しっとり深く、お願いします」

それを見て、僕は感性を少しだけチューニングする。

ヤマカメのスキャンには、「最高のふつう」という基準がある。写真を、いつか見返すためのメディアとして考えた、普遍的な色味やトーン。だけど、その「ふつう」の基準はフォトグラファーによって少しずつ違う。僕が思う「ふつう」から沈めていった先に、勇夢さんが求める湿度や温度がある。やりとりを重ねるうちに、その感覚を共有できるようになってきたように思う。

写真への向き合い方も、人柄も、まっすぐな人。お仕事フォトグラファーに話を聞くこの連載で、作品を撮り続ける写真家にも話を聞いてみたいと思った時、真っ先に浮かんだのが勇夢さんだった。

11月6日から、地元・熊本で過去最大規模の展示が始まる勇夢さん。そのステートメントには、こう書かれている。

「ここ熊本で、写真を撮って、生きている。」

その意味を聞いてみたくて、インタビューを申し込んだ。


半ば強引に、写真の道へ

フォトグラファーになるまでの話から聞かせてください。最初は金融機関にいたとか。

そうです。大学を卒業して、そのまま熊本の地方銀行に就職したんですけど、1年もいなかったんです。

大学の頃からずっと写真は好きでやっていて。銀行の仕事が向いてないなという気持ちと、写真をやりたいなという気持ちが、同時に大きくなっていきました。

1年経たずに辞めるのは、なかなかの決断ですね。

いや、向いてなかったです、本当に(笑)。高校は商業高校で、大学も商業系だったので、言ってしまえば順当な道ではあったんです。でもそこで初めて、うまくいかないというか。人間関係で悩んだりもして。それでも写真だけはずっと好きでいられたので、写真をやってみたいな、というのが入口でした。

銀行にいる頃から、熊本のhacoの平田さんに「辞めて写真の道に行きたい」と相談はしていたんです。でも平田さんには、厳しい世界だから絶対に銀行の方がいいよ、と何度も言われて。結局、辞めてから行きました。半ば強引でしたけど、タイミングよくhacoに入れてもらえて。

hacoでは、どんなことを?

2年くらいいました。最初はラボだったので、現像の受付をしたりしつつ、平田さんのアシスタントとして撮影についていったり、スタジオ撮影の準備をしたり。最後の方は一人で撮影に行くこともあったので、その流れで、自分一人でもやってみたいなと。

その2年の間に、フィルム現像のことや現像所の裏側をかなり見られたんです。今振り返ると、すごくいい時間だったなと思います。

そして独立。

2019年に独立して、本当のスタートは2020年ですね。コロナが始まる、本当に2、3ヶ月前でした。

恐ろしいタイミングで。

そうなんです(笑)。外にも出られないし、仕事もそもそもないので、実家を手伝いながら写真をやって、細々と食いつないでいく時期が長かったです。ありがたいことに、hacoの頃のお客さんや知り合った方が、たまに仕事を振ってくださって。そこで本当に少しずつ。

でも、このままだと本当にダメだなと思って。2020年の冬に、熊本で初めて展示をしたんです。ちゃんと仕事としてやっているぞ、という意思表示でもありました。そこから今まで、わりとコンスタントに展示を続けている感じですね。


展示をやめられない

写真集『雨の中』より
写真集『雨の中』

「雨の中」は、何度目の展示だったんですか?

3回目ですね。最初の「ほのめく」は、阿蘇にある建物をお借りして、本当に右も左もわからない時にやった展示です。そのあと東京で「黒の星」を挟んで、「雨の中」を熊本と東京の両方でやって。

勇夢さんは、展示を粛々と続けている印象があります。しかも回を追うごとにスケールが大きくなっている。

展示、好きなんですよね。展示でしか、実際のプリントを見てもらえる機会ってほとんどないので。SNSや画面の上とは違う写真の面白さがあると思うんです。

hacoにいた頃、プリントをしに来るお客さんとよく話をしていて、物質としての写真の面白さはずっと感じていました。展示だと、それを思いきり解放できるところがあるんです。

ただ、お金もかかりますよね。

かかります(笑)。展示のためにその期間お金を貯めて、終わってカラカラになって、また少しずつ余裕が出てきたらやろうかな、みたいな。毎回、終わった後には「もうやらない」と思うんですけど。

準備も大変だし。でも実際に見てもらうと、画面越しとは違う濃さがある気がして。やってよかったと思う。で、終わったら「もうやらない」と言って、またやりたくなる。

中毒ですね。展示中毒だ。

そうですね(笑)。展示でしか味わえない何かがあるのかもしれないです。

写真集『雨の中』は自費出版でした。

あの時はちょうど結婚した頃で、新婚旅行のためにお金を貯めていたんですよ。それを全部つぎ込みました。

全部。

ちゃんと妻に承諾を得て、です(笑)。むしろ、やっちゃいなよと後押ししてくれたので本当に妻には感謝ですね。20代のうちに一冊作りたかったので。こだわりすぎて、全部売れてやっとプラスになるくらいなんですけど、おかげさまで手元にはもうほとんど残っていないです。

東京での展示は、最初から目指していたんですか?

熊本以外で知っている場所が、東京くらいしかなかったんです。旅行や仕事で行ったことがあって、どういう場所かある程度わかるというか。それに、熊本とは真逆のところでやってみたかった。人が多くて、華やかなイメージのある場所でどう受け取られるか。SNSを通して写真を見てくださっている方も関東の方が多かったので。

熊本の展示ではもらえない刺激もあって、やってよかったです。でも逆に、東京でやったからこそ、熊本の魅力というか、地方ならではの良さに目が行くようになって。今はどちらかというと、近いところでしっかりやっていきたい気持ちが強いですね。


三人で作る「middle」

最近は、小島直人さんと後藤大樹さんと三人で精力的に活動されていますね。

大分のフォトグラファーの小島さんと、デザイナーの後藤さんです。お二人がもともと大分県の竹田市で、写真以外の方も含めていろんな展示や企画をされていて、その一環で声をかけてもらいました。

僕はこれまで、誰かと一緒に作るということを全くしてこなかったので。最初は…根負けして、というか(笑)。

根負け(笑)。

でも始めてみたら、すごく気が合って。熊本にずっといると、好きなんですけど、モヤモヤすることもあるんです。竹田は熊本と大分の県境にあって行きやすいので、そこに行って展示の話やそれ以外の話をしているうちに、写真の面白さがまた変わってきた。今もそうです。

春に竹田で始まった「境界線」が、巡回しているんですよね。

竹田から始まって、先月は大分市で、今回が熊本です。ベースは「境界線」なんですけど、少しずつ変化を加えながら続けていて。熊本は「middle」という展示です。

タイトルは勇夢さんが?

いえ、小島さんが案をくれて。大分市が「fore」で、熊本が「middle」、その次が「distant」。写真の近景、中景、遠景、という意味があるそうです。少しずつ進んでいく感じと、「境界線」という元のタイトルとが合わさって、決まりました。

会場も毎回こだわっていますね。

竹田では文化財をお借りしました。大分市は活版印刷屋さん。今回の熊本は、竹田の時の雰囲気を残したかったので、そういう場所を探すところから始めて。竹田では畳のお部屋で展示したのがすごく良かったので、和の建物を探して、市役所で働いている友人にアドバイスをもらって、原泉荘に行き着きました。熊本市内なんですけど、自然が残っている場所で。最初に見たときに、「あ、ここだ」と思って決めました。もう一つの会場は、お話をいただいていたIso Booksさんです。同じく熊本市内にある書店なんですが、熊本ではあまり見かけない写真集やアートブックがあって、この二会場で開催できる嬉しさがありますね。

場所は、どこでもいいわけじゃないなと思いながら。会場探しからやっぱり大変でした(笑)。

写真展「境界線」
写真展「境界線」

しっとりとした写真の、はじまり

写真集『雨の中』より

僕の中の勇夢さんの写真は、しっとりと深くて美しい、というイメージなんです。

好きですね、その感じ。

最初の頃はハイキーな写真が好きだった時期もあったんです。いつからかな……展示をやり出してからだと思います。プリントしたものを見た時の、心地よさというか。少し暗めに展示して、それと向き合った時に、ふっと現れてくる感じ。それが好きで、そこからですかね。

いろんな写真集を見ていても、見返したくなるのはそういうものが多かったので。気づいたら、そういうものばかり撮るようになっていました。

大林直行さんの写真も、好きだったと聞いています。

大林さんの写真の中に、「これが撮りたいんだよな」と思う写真がたくさんあったんです。もともと被写体として向き合うものも、しっとりしたものが好きだったので、大林さんの写真を通して「こっち側で、そのままでいいんだ」と気づけたところがあると思います。

結局、一度もお会いすることはできなかったんですが。それを経て、写真への向き合い方を、もっと深くしなきゃいけないと思うようになりました。

年齢もあるのかもしれないですけど、最近は、より深く生きたいと思うようになっていて。暗室を始めてみたり、いろんな方と展示をしてみたり。消費される世の中がどんどん加速していく中で、それに抗うというか。

最初に写真っていいなと思ったのは、多分、プリントを見て「いいな」と思ったあの瞬間だったと思うんです。それを忘れないように、ちゃんと写真と向き合いたいなと。それが、今回の展示でもまさに心がけていることです。


求められている分、返したい

お仕事の話も聞かせてください。熊本からの依頼が多いですか?

意外と県外もあって、6割が熊本、4割が県外くらいですかね。家族写真はほとんど熊本ですけど、前撮りや記念写真で、東京や北海道に呼んでいただくこともあります。

交通費を出してまで、熊本から呼びたいって凄いこと。

本当にありがたいですね。だから、プレッシャーというか、気合いは入ります。お金を払ってまで来てほしいと思ってもらえていることを、ちゃんと理解しなきゃなと。それに県外の方は、ほとんどが「フィルムで撮ってほしい」という方なんです。求められている分、返したい。本当は一定じゃなきゃいけないんでしょうけど(笑)。

人間だもの。

人間だから(笑)。

Peter house
Peter house
Peter house

富山のPeter houseの写真、素晴らしかったです。

クライアントが海外の方で、「一人で行って撮ってきて」という仕事だったんです。役場に許可だけ取って。それが、去年すごく熊が出ていた時期で、しかも山の奥の方にある場所で。

熊スプレーが欠品している時期で、熊鈴も持っていなかったので、家にあったトトロの鈴をリュックにぶら下げて、手を叩きながら、三脚を銃みたいに構えて進んでいきました(笑)。

怖すぎる(笑)。でも写真家からすると、すごく幸せな仕事ですよね。

すごく楽しかったです。楽しかったからこそ、これはデジで撮ってる場合じゃないな、と。一応デジタルも持っていったんですけど、最初の何カットかで露出を確認しただけで、あとはほぼフィルムでした。両方撮っていたら体力が持たなかったと思います。

僕もあのフィルムは、かなり気合いを入れて仕上げた記憶があります。

撮り終わってすぐ、富山から郵送した記憶がありますね。本当に場所が良くて、撮るだけでいい、という感じでした。

竹の熊 正倉
竹の熊 正倉
竹の熊 正倉

阿蘇の「竹の熊 正倉」の写真も、すごく好きでした。

喫茶の竹の熊が宿を作られて、その撮影でした。これは僕の方から「フィルムで撮っていいですか」と提案して。

ここも、比較的自由に任せてもらえた撮影でした。僕は性格的に、追い詰められると視野が狭くなって良いものが撮れなくなってしまうことがあるので。こういう撮影のたびに、ありがたいなと思います。

海外のご家族も撮っていましたね。桜の時期に、ワンちゃんと一緒の。

英語がほとんど話せないんですけど、パッションでなんとかいけるものだなと思いました(笑)。フィルムなので、撮った写真を「こんな感じです」と見せることもできない。「グッド、グッド」みたいな(笑)。でも、写真だけで繋がれている感じが、逆に良かったです。

僕は「笑ってください」とはあまり言えないので、コミュニケーションを取っていく中で、なるべく素の表情を撮りたいと思っていて。撮った直後に見ていいなと思う写真ももちろんあるんですけど、写真には、時間が経ってから見た時の本当の輝きってあるじゃないですか。だから、見返した時に「撮っておいてよかった」と思える写真を撮ろう、というのは心がけています。


一度、手放す

仕事の現場でフィルムを使い続けている理由を、改めて聞かせてください。

やっぱり、楽しいからじゃないですかね。その場で確認できないのが、すごく楽しい。リスクもありますけど、未だに「撮れてるかな」と思う時がありますし。

だから、ヤマカメさんから現像のメールが来た時。あれこそ中毒なんですよ、本当に(笑)。何をしていても、メールが来たら一旦見る、みたいな。ちょっと危ない何かが出てるんじゃないかってくらい。

どっちに転ぶかわからない楽しさもあるし、良くない方に転んでも、フィルムで撮っていると、後で見返すと全部よく見えちゃうんですよね。

最近は手焼きもしているんですよね。

はい。それでも思うのは、一回、自分の手から離れるのが大事な気がしていて。山本さんにスキャンしてもらって、その色味をまず一つの正解としてもらえる。あの、手放す感じが。

正解というか、僕なりの一つの解釈ですけどね。

その、自分以外の解釈をもらえるのって、フィルムしかないのかなと思うんです。デジタルでもJPEGとかはありますけど。お仕事の時は特に、一度答えというか、ヒントをもらえるのがすごくありがたくて。

それに、フィルムは消費していないというか、ちゃんと残っている。ネガという物が残るじゃないですか。目に見えて、脳で理解しやすい。ハードディスクだけだと、どれくらい撮ったのか物量がわからないけど、ネガだと「結構撮ったな」とわかる。

500円玉をピュンピュン飛ばしながら撮っているようなものですけどね(笑)。

本当に(笑)。でも、その価値はあると思うので。お仕事の時も、可能な限りフィルムを使い続けたいです。

手焼きをすると、全部を自分の管理下に置けますよね。勇夢さんが仕上げたプリント、すごく見てみたい。

逆に、今まで山本さんにすごく助けてもらっていたんだな、ということにも気づきました。このネガから、あれを出してくれていたのか、と。だから、ちゃんとしたネガを残そうと思えるようになったし。ネガさえあれば、どうにかなるので。今までフィルムで撮り続けてきたからこそ、手焼きという選択肢も出てきた。物として残しておいてよかったと、最近はより思います。

仕事と作品、両方でフィルムに向き合っている。

仕事として写真を撮る時は、しっかりというより、いかに効率よく、という場面の方が多いんです。それは仕事なのでやるんですけど、そればかりやっていると、写真を嫌いになっちゃいそうで。だから、もう一回好きに戻すために、向き合うというか。

……このままいくと、頑固なおじさんになっちゃいそうだなとも最近思っていて(笑)。柔軟さも必要だなというのが、ちょっとした悩みです。


草原を、お借りしている

阿蘇 茅刈り
阿蘇 茅刈り
阿蘇 野焼き
阿蘇 野焼き
阿蘇 野焼き

勇夢さんといえば、野焼きのシリーズは外せません。毎年撮っていますよね。

もう結構長いですね。毎年、阿蘇グリーンストックという、草原を後世へ繋ごうとされている方たちに協力していただいて撮影しています。今年の頭も撮って、ちょうどこれからまたシーズンが始まります。

野焼きの方がどうしてもフィーチャーされるんですけど、最初は茅刈りを撮らせてもらったところからこのシリーズは始まったんです。野焼きの前に、燃やすだけではもったいないので茅を刈る。炎が大きくなりすぎないように、とか、いろんな理由があってやるんですけど。熊本に住んでいるんだから、ちゃんと知っておきたいな、というところから撮影が始まりました。

撮っている時は、余裕がありますか?

野焼きの方は、あまりないかもしれないですね。ボランティアさんの中に混ぜてもらって、僕も会員に入っているんですけど、カメラを持って近くまで入る。実際に火が燃え出したら瞬発力のいる撮影ですけど、ゆっくり景色を眺める時間もありますね。皆さん楽しみながら活動されているので、すごくいい時間です。

野焼きはいろんな方が撮っているので、すでにあるものを撮っても、というのもあって。もう少し広く「草原」という括りで見るようにしています。

いつか写真集で見たいです。

そうなんですよね。次はこれを形にしたい。再来年くらいには、と思っているんですけど、大事にしすぎて、もうちょっと撮りたいという気持ちもあって。その前に制作費を貯めることからですかね(笑)。

「ここ熊本で、写真を撮って、生きている」。熊本で撮り続けることについて、聞かせてください。

多分、他の場所だと違う写真になっちゃうんだろうな、というのがあって。

撮影で他の地方に行くと、魅力的で住んでみたいなと思う場所はいくつもあるんです。でも、その場所に行ったら、今までの写真の感じとは、いい意味でも悪い意味でも変わってしまうだろうなと思って。他の場所に住んで写真を撮ってみたい気持ちもあるんですが、結局、熊本に居続けています。最近は、熊本だからこそ今回の展示ができたり、地方だからいいと思えることも増えてきました。

でも同時に、嫌なところもすごく目についちゃうんです。好きなんだけど。好きだからこそ、もっと知らなきゃいけないと思う。それが野焼きや茅刈りにも繋がっているんです。

なるほど。

前撮りなどで、阿蘇で撮影することも多いんですけど、僕は阿蘇には住んでいなくて、熊本市に住んでいるので。言ってしまえば、ロケーションをお借りしている、という気持ちがあるんです。だからこそ、その場所をしっかり知っておかないといけない。

逆に、僕が県外に撮影に行くこともありますよね。その場所にも、きっとカメラマンや写真家の方がいる。僕は言ってしまえばよそ者なので、そこはしっかり覚えておかないといけない。ベースが熊本で、いろんなところに行くけれど、どこにもいろんな人がいる。その場所を常に知ろうとすることは、大事にしています。


EPILOGUE|写真を、好きでい続けたい

最後に、これから写真でやっていきたいことを教えてください。

やっぱり、本を作り続けたいですね。展示もしたいですけど、今はどちらかというと本をやりたい。

でもいちばんは、写真をずっと好きでい続けたい、ということかな。写真を嫌いになったら、ちょっと生きていけないかもと思うくらいなので。

写真を続けながら、もっといい写真を撮りたい。……答えになってますかね(笑)。

なってます。すごく勇夢さんらしい。

商売は本当に苦手で(笑)。長く続けていくためには、そこもしっかりやらないとな、とは思っています。

でも、軸は変えられないかな。大きい仕事がしたいとかじゃなくて、撮りたいものが、山のようにあるんです。それを一つずつやっていけたらいいなと。続けていった先に、何か見えてくるかもしれないなと思っています。


勇夢さんの写真から感じる深さは、写真を好きでい続けようとする、その真摯さそのものなのだと思う。11月の展示が今から楽しみだ。


Exhibition

middle|熊本
山本勇夢
2026年11月6日(金)–15日(日) 二会場開催

Iso Books
熊本市中央区九品寺1–5–39|11:00–19:00|11日(水)休

原泉荘
熊本市西区島崎5–32–27|10:00–17:00|9日(月)休

トークイベント「昼のお話」
話す|山本勇夢 聞く|後藤大樹+小島直人
11月8日(日)原泉荘 14:00–15:30|2,000円+1D(nageia coffee)|要予約

企画|小島直人+後藤大樹(oku) 編集・デザイン|後藤大樹


Profile

山本 勇夢 Isamu Yamamoto
1995年、熊本県生まれ。大学卒業後、金融機関、写真ラボ・スタジオ勤務を経て2019年に独立。熊本を拠点に、人物、風景、建築、暮らしの記録などを撮影。主な写真集に『雨の中』(2024年・自費出版)、『Lines』(2026年・plaid)。

Instagram:@isamu__yamamoto
HP:yamamotoisamu.com

Equipment

  • カメラ:Pentax67Ⅱ / NikonF3, FM2 / FUJICA Half
  • フィルム:PORTRA400 / GOLD200
  • 現像・スキャン:山本写真機店

聞き手・文 山本陽介(山本写真機店)